August 19, 2009
九月までの仕事が出来て、毎朝学校に行く前、仕事を三時間ぐらいしています。火曜日は他の仕事もありますので一番長い曜日です。先週の火曜日、やっと家に帰ったら疲れてたまらなかったので晩ご飯を抜きにしてお風呂に入って寝ました。今夏の真ん中ですから食べるのは疲れていない普通の時さえも面倒くさいので昨日外食することにしました。 一人で外食するのは普通にマックです。安いし。一人で食事を取るとどのぐらい美味しくても周りにその美味しさの話を聞いてくれる相手がいません。まあ、いるかもしれませんが、聞いてくれながら「この知らない人、一体何故私に話しかけているのでしょうか…逃げましょう!」と思う可能性がありますね。ですから結局美味しくなくてもお腹がいっぱいになったらそれでええやんって思ってマックへ向かいます。 取りあえず、彼女はラーメン屋さんのようなレストランが「デートっぽくない」と言ってしまうので二人で外食すればそういうところには行きません。友達と一緒に外食する時にも、すしやピザや焼肉などのような物を食べに行くのです。ですから昨日始めてラーメン屋さんにやっと入りました。 ラーメンってウマイよね。 一年半待たなければ良かったですね。これから帰国するまで沢山行こうと思います。
August 17, 2009
何らかの理由で、僕はよく一人で旅行をします。一番初めてなのは15歳のときで、イギリスとスコットランドへ行きました。一人といっても、イギリスに友達がいて、一緒にスコットランドに行ったのですが、国を出たときと帰国したときは一人での体験でした。その後何回も、アメリカとカナダの色々な所へ一人で行きました。オンタリオ、フロリダ、ジョージア、オハイオ、ウィスコンシン、インディアナ、カリフォルニア等。そしてノルウェーやフィンランドにも行ったことがあります。 ところが、新しい所に着く旅、「あぁ…何か違うよね…」と思います。その違いは微妙か大きいか、どちらにしてもないことはまずありません──その違いが必ず感じます。「この場所の味」とか、考えてしまいます。おじいちゃんやおばあちゃんのように。 欧米の色々な所を体験してきましたが、アジアのどこにも行ったことがなかった状態で日本に来ました。京都、大阪、奈良。今まで(特に円高の所為で)そのぐらいです。それだけでも大阪のバーに入った途端…「矢張り。違う。」と感じました。 周りの人たちの態度というか、街の息の仕方というか、自分の心の中にある不明な願いというか、いずれにしても違います、京都とは。 アメリカに三ヶ月住んでたとき、新しい微妙な違いが毎日出てきてビックリさせました。「いやぁ、難しいっすね」と思って半分魅力半分疲れで体験し続けました。疲れ切られる、矢張り。何回も自分が「正しい」と思っていることが違ってくると再び行動を習わないといけないのは。疲れ切られるが、完璧に自分の国と同じであれば意味がなくなるのではないでしょうか。矢張り旅行に行くと、自分が知っている範囲と違わなければ面白くないと思います。違う国を直接体験するのは非常に大切だと考え始めたきっかけはこの違いを感じたことです。経験すると脳が広がると解りました。「絶対にこうだ」と考えていたことが違う国にそうではないと解ると。問題を解決するには様々な方法があり、その問題を越えたとしても、もっと良いやり方が必ずしもないわけではありません。 アメリカは大きな大陸ですから、普通に一般的なアメリカ人が旅行に行こうと思っているときに「どの国がいい」と考える前、「どの州がいい」と考えるみたいです。いくつかの理由がありますが、一回目は値段、二回目はアメリカの中の州が違う国ミタイということです。現に、ヨーロッパの人に「どこに行ったことがありますか」と聞いたら、国のリストが返事に返ってくるが、周りのアメリカ人に聞くとアメリカにある州のリストが返ってくるのが普通です。州のリストが返事に戻ってくると必ず「で、国は?」と僕が聞いたら、「アメリカだけ」と言われます。まあ、アメリカの外には行ったことがなかったら誰でもそうでしょう。 「どこに行ったことがありますか。」 「アメリカ。」 「…」 面白い話でもないですね、それは。 逆に、スウェーデン人がスウェーデンの県のリストで返事したら… 「どこに行ったことがありますか。」 「ストックホルムとスンドスワルとヨテボールジュとウエルムランドと…」 「あの…」 「ゴットランドと…」 「…あの…」 「スコーネと…」 「…お~い!」 って感じになるでしょう。スウェーデンが大好きな相手ではなければ。 実はアメリカの州が本当に違います。ジョージアとカリフォルニアを比べたら同じところがすごく少ないです。ですからアメリカの州は50個の国だと考えてしまえば許せることでしょう。しかし、州と州の違いがどんなに多くても大きくても、同じ国であればベースも同じで、「人間の質だ」と考えてもその国の習慣に過ぎないことがあるはずです。この間違えは違う国に行かなければ理解できないと思います。 但し、日本に来て以来、欧米の国々が違うと思おうとしてもなかなか思えなくなってしまいました。なぜなら欧米の知っている各地と京都との違いが大き過ぎて多過ぎて、欧米の中の国の違いが「ファミリーマートのツナたまごサンドと、サークルKのツナたまごサンド」の違いぐらいとなってしまいました。違うかもしへんけどようわなんないって感じですね。 青、赤、みそ汁。 りんご、オレンジ、空港。 犬、猫、歯磨。 これは多分半分以上僕の頭のお負けだと思います。欧米の国々はそれぞれの特徴があるはずで、僕はある国に行ったことがあるとしてもその国の特徴が感じていない場合も必ずあります。ここ日本にいるうちに、ここの違いが毎日のもので、過去に体験した欧米にある国のそれぞれの違いは思い出に過ぎないのです。 結局アメリカとスウェーデンの同じところを「人間の質だ」と判断してしまったことは、日本に来たら「欧米方」へ変わりました。さて、欧米と日本の同じところが人間質か欧米日本質かどこに行けば解るでしょうか。アフリカかな?その後は?…宇宙に決まってんねんって言えましょう。
August 14, 2009
えと、僕のブログへようこそ!と言ったら良いのではないか、と思う者もいるはずです。が、それより僕って誰。カレって誰。 僕はカレ(Kalle)と申します。どうぞ宜しくお願い致します!スウェーデンのストックホルムから参りまして、2008年の前半京都で日本語を勉強しに来ました。色々な経験が出来た上、言いたくなったことがどんどんと溢れてきましてこのブログを作りました。 このブログは、簡単に言ったら「外国人の僕の日本」という感じで書くつもりです。しかし「日本」といっても、「京都」と言った方が良いかも知れませ ん。京都の人と違う地方の人とは、別の国の人だと思われるほど違ってきます。よね?矢張り。欧米のヨーロッパの北欧のスウェーデンで育ってきた僕は、アジ アの日本の京都の人々を見ると、何の特徴であるかを別として、一般的な行動や意見ややり方や考え方が間違いなく出てきます。おばあちゃんおじいちゃんに も、お父さんお母さんにも、会社員さんにも奥さんにも、システムを嫌っている若者にも(悔しいだろう、若者たち!)、女にも男にも僕の世界にはないこと が、ここに当たり前なのです。その当たり前ではない当たり前なことは、アジアのことなのか、日本のことなのか、京都のことなのかは、相手の家族のことなの か、全く解りません。「これはアジアスタイルやで~」等言われても、それは本当かどうかの判断は僕には出来ません。 取り合えずそういう自分の世界には当たり前ではないのにここには当たり前だということにまた遭ったと解ると、必ず、かなり、ビックリします。そして 一年半後ぐらい、ブログを作りたがって来ます。「周りの人たち、これで良いのかい?」とときには言いたくなりそうですが、言っても当たり前なことですから 仕方が有らぬ、と言われそうです。それより一番悔しいなのは、時間がかかるといつの間にか自分も当たり前だと思い始めます。そして自分が当たり前だと思っ ていた制度がちょっと斜めに見えてきます。 日本に来る前、ジェンダーとエスニシティ等を勉強したので、「日本人はこうだよ」や、「女はこうだろう」という様なことは言わないです。が、一般的なイメージ、「そういうタイプをそういう場合でそういう状態で会うと、必ず…」という意見はいくつかあります。 ブログを作ってしまったが、日本語はまだまだですので、変なところで頑張って頭の中に翻訳してくれて、どうもありがとうございました。それでも解ら なければ、コメントで聞いて下さいませ。僕の日本語にも役立ちとなりますので、喜んで直しに飛び出します。それでせっかく読みに来てくれたのに解らずに済むとは、残念でたまらないでしょう。特に僕には。